はじめに
✿ajugaの思い
淡路島・レトロこみちに移住し、「ajuga」をオープンしてから、気がつけば5年が経ちました。
オープン直後にコロナ禍という予想外の出来事に見舞われ、思い描いていたお店作りがなかなか進まず、心が折れそうになることもありました。
それでも、少しずつ、少しずつ、自分のペースで歩みを進めていく中で、「こうありたい」と思っていたお店の形に近づけているような気がします。
今回は、改めて「ajuga」が目指すお店のあり方、目標であるお店ついて、お話しさせていただけたらと思います
五感を満たす料理の楽しみ方〜器へのこだわりで心も癒す〜
✿器の魅力
料理が好きな私は、食事をただ「お腹を満たすための行為」としてではなく、五感すべてで楽しむものだと感じています。味覚や嗅覚はもちろん、視覚・触覚、時には聴覚までもが、食の体験をより豊かにしてくれます。
中でも「目から入る情報」は、食事の満足度を大きく左右する要素です。美しく盛り付けられた料理は、それだけで食欲をそそり、食べる前から心が躍ります。色彩のバランスや食材の配置、そして何より料理を引き立てる“器”の選び方にこだわることで、食卓がパッと華やぎ、心まで満たされるのです。
器は、単なる「入れ物」ではありません。素材や形、色合いによって料理の印象を大きく左右する、大切なパートナーです。同じ料理でも、器を変えるだけでまったく違った表情を見せてくれます。私は、2日続けて同じメニューを出すときには器を変えて、新鮮な気持ちで食卓を楽しんでいます。
日々の食事を「ただ食べるだけの時間」から「心を癒す豊かなひととき」へと変えてくれる器。丁寧に選び、使いこなすことで、毎日の食卓はもっと楽しく、もっと心豊かになるのです。
♡同じお皿で食材を変えたり、同じ食材でお皿を変えたり



大好きな陶芸のお店
✿癒しの空間
私がこんなにもお皿の魅力に引き込まれたのはこのお店との出会いでした。

ここは、ご自宅で開かれている陶芸のお店。扉を開けると、日々の食卓に寄り添ってくれそうな、やさしい風合いの器たちが静かに迎えてくれました。
どの器も、飾らず素朴で、それでいて確かな存在感があります。手に取れば、ひんやりしているはずの陶器から、不思議と人の手のぬくもりが伝わってくるようで、じんわりと心があたたかくなりました。
どれも素敵で、ひとつに選びきれず悩んでいると、「どうぞ、ゆっくり見ていってくださいね」と店主の方が声をかけてくださり、そっと温かい飲み物を出してくださいました。
器にも、おもてなしにも、日々の暮らしを大切に想う心が込められていていました。
この空間でいただく一杯のコーヒーは、どこか特別な味がしました。器のぬくもりと香ばしい香り、そして何より、店主さんとの会話がそのひとときを格別なものにしてくれました。
居心地がよくて、つい時間を忘れてしまい、気づけば長居してしまうこともしばしば。悩みごとや日々の小さなつまずきも、いつも笑顔で、親身に耳を傾けてくださいました。
どんな時でも、店主さんの笑顔が心にしみて、ふっと気持ちが軽くなる。いつしか「器を買うこと」は目的ではなくなり、この場所で過ごす時間や、会話のひとつひとつが、私にとってのごほうびになっていた気がします。

「誰から買うか」の大切さ
✿大切な思い出
私の大好きだったお店。
今はもう過去形で語らなくてはならなくなってしまいました。
店主さんは病でお店を閉じられたのです。
その後、訃報を耳にした日。こらえきれず、涙があふれて止まりませんでした。
いつも、購入した器にどんな料理を盛りつけたかを写真で見ていただくと、
「まあ、センスがいいね」とにっこり褒めてくださった店主さん。
その一言がうれしくて、また報告できる様に、料理をがんばろうと思えた日々。
もっとたくさん、他愛もない話をしたかった。
もっともっと、私の目指す“道しるべ”であり続けてほしかった。
あれから八か月。
ふとした時に、幾度となく思い出すのは店主さんの笑顔と優しい声。
そして、それは器を手に取るたびに鮮やかによみがえってきます。
「これはお正月に使いたいと思って買ったんだっけ」
「煮物を盛りたいって言ったら、和菓子にも合うよって教えてくれたな」
そんな一つひとつの器に、あの日の会話やぬくもりが宿っています。
店主さんから購入された器は、今もきっと、多くの人の心の中に生き続けています。
それはとても尊く、なんて素敵なお仕事だったんだろうと、
あたたかい涙がまた、静かにこみ上げてきました。
そして私も、店主さんのように
誰かの心をあたためられるような、そんなお店を目指していきたい。
今はその思いが、私の中で静かに、けれど確かに根を張っています。
ajugaが目指すお店のかたち
✿思い出に残るお店作りへの想い
ajugaでは、ほとんどが手作りのオリジナル商品を扱っています。プリザーブドフラワーのアレンジメントをはじめ、小さなアクセサリーや雑貨、季節に合わせたアイテムたち。それらの一つひとつに、私の想いやストーリーを込めています。
とはいえ、お店には仕入れたマグカップや花瓶、既製の小物雑貨もいくつか並んでいます。もしかしたら、それらの中には、お客様のお住まいの近くのお店でも手に取ることができるものもあるかもしれません。
けれど、たとえ同じモノであっても、「どこで買ったのか」「誰から買ったのか」という記憶が、その品に特別な意味を与えてくれると私は信じています
たとえば、旅先でたまたま見つけた、小さなお店。せっかくの旅行なのに雨が降って、傘を閉じるのも億劫だけど、なんとなく入ってみたそのお店で見つけた小さな花瓶。もしかしたら、それはどこにでもあるようなものかもしれません。けれど、そのときに流れていた音楽やふわりと香るアロマ、店主との何気ないやりとり。その様な空気や時間の中で出会ったモノは、いつまでも心に残る「思い出の品」になると思います。
また、夏の暑い日。ふらりと入った店内に涼しい風が流れていて、目に飛び込んできたのは、どこか物語を感じさせるようなプリザーブドフラワーのアレンジメント。不思議と惹きつけられて、その一瞬が記憶に刻まれていく。そうして、そのアレンジメントには「あのときの風景」や「そのときの気持ち」がそっと添えられるのです。
モノは少しずつ形が変わったり、飾る場所が変わったりするかもしれません。でも、そこにまつわる記憶や感情は、ずっと心に残り続けてくれる。だからこそ、ajugaでお迎えいただいたものが、日常の中でふとした瞬間に「思い出」として浮かんできたなら。それほど嬉しいことはありません。
ajugaという小さなお店が、誰かの旅のひとコマに、日々の癒しに、人生の節目に、そっと寄り添えたら。そう思いながら、今日もひとつひとつ、心を込めて作品を作っています。
✿大切な日を託したいと思ってもらえるように
日々の暮らしの中で、何気なく手に取っていただいたお花や雑貨が、ふとした瞬間に思い出とともによみがえる。そんなふうに、日常の記憶の中にそっと残れる存在でいられること。それはajugaにとって、とても幸せなことです。けれど、お花のお仕事にはもうひとつ、特別な夢があります。
それは、“大切な日”を託していただける存在になること。
たとえば、人生を変えるような結婚のプロポーズ。
大切な方と誓いを交わす結婚式。
ふたりで重ねてきた月日を祝う記念日。
言葉では照れくさくて伝えきれない想いを、そっとお花に託して届けたい瞬間。
そんな特別な日のお手伝いをajugaに任せていただけるとしたら、それは花屋としてこの上ない喜びです。
お花には、言葉以上に心を届ける力があります。
飾られた瞬間に笑顔が生まれ、やがて時間が過ぎても、色あせない思い出として心に残り続けていく。
ajugaでは、その様な「未来が過去になっても輝き続けるアレンジメント」を目指して、ひとつひとつに心を込めてお作りしています。
「この人にお願いしてよかった」
「このお花を見ると、あの日を思い出す」
そう思っていただけるような、あたたかな記憶の一部になれるように。
今日もまた、大切な誰かの物語に寄り添えることを願いながら作成しています。


おわりに
✿旅の出会いは宝物
私は旅をするのが大好きです。
観光地を巡り、美しい景色を眺め、美味しいごはんを味わい、土地ならではの地酒に舌鼓を打つ。その様な時間は、心と身体の栄養になります。
けれど、どんなに絶景に出会えても、どんなに料理が美味しくても、どんなに香り高いお酒をいただけても、もしそこに冷たい接客や心の通わない対応があると、ふと気持ちが離れてしまうことがあります。
逆に、ほんのひと言でも、やさしさが伝わるような接客に出会うと、その旅は一気に彩りを増します。「また行きたいな」「また会いたいな」と、温かい気持ちになります。
ここ淡路島・レトロこみちにも、たくさんの観光客の方が訪れてくださいます。
せっかく足を運んでくださったこの場所で、その日その時にしか出会えない「一期一会」の時間が、旅の記憶に残り
「淡路島、楽しかったね」
「またあのお店に行ってみたいな」
そんなふうに、ふと思い出してもらえるような時間をajugaで過ごしていただけたなら、それは私にとって何よりの喜びです。
モノや景色は、いつか色あせてしまうかもしれません。
けれど、人と人との心の通い合いから生まれた思い出は、ずっと温かく残っていくものだと思います。
だからこそ、これからもこの場所で、出会ってくださった一人ひとりに、心からの笑顔でお迎えしたい。
旅の途中で交わしたたったひと言が、誰かの宝物になるかもしれないことを信じて。

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